"ただ生きるだけでは物足りない"

どうもお久しぶりです!

最近、考えてばっかで行動していなかったえびです。

 

ベトナム体験を終えてすっかり燃え尽きてしまった僕は停滞期間に入っていたようです…。

 

最近の大学はというと…

都会の方の友人達はより一層高みを目指し向上していく中、地方にある僕の大学では"意識高い系"狩りが始まりました。

 

周りにいる人たちを非難はしません。

ただ地方での情報量の少なさや、将来に対しての自意識のきっかけになる外部的要因が、都会の大学と比べ圧倒的に少なく感じています。

 

そんな環境の中、僕にも"意識高い系"として勝手にレッテルが貼られていました。しかも身近にいたはずの友人に。

 

とてもショックだったのとともに、自分がしてきた行動に対しても否定されているように感じました。

そんなことはないのですが…。(笑)

 

でも、意識高い系って何なんでしょうね。

 

言われて全然嬉しくないわけですよ。

 

自分をひたすら磨いて時には休むけど自分と戦ってるだけで、周りが"意識高い系"とかいう一言でまとめてくるなんて、視野も狭いし意識も低くくて話にならねーYO。

 

とか思っちゃったんですね…。

 

でも、そんなこと言えない僕は、

『本当は今までやってきたことは間違っていたのか。理想を追い求めすぎてたのかな。もっと友人と話しや興味がわかない相手でもオープンに相手に合わせて都合よく過ごせば良かったのかな。』

とか、たくさん考えました。

 

もうとても辛かったです。

 

 

辛すぎていろんな啓発書読み漁りました。

 

『環境のせいにするんじゃない!自分が変わるんだ!』

 

とか

 

『自分が変わるには環境を変えなければならない!』

 

とか

 

数をあげればきりがないほどたくさんの啓発があるんですが、

どうやら"本を読む"だけでは頭で理解しても心では理解できず、ただの知識としてしか保存されないみたいで、本質的に変化することは無理でした。

言ってること矛盾してるし自分が認めた知識しか入ってこないですし(笑)

 

どう頑張っても無理なんじゃね⁇(笑)

 

て思って限界来てる時に自分と似た友人と電話をしました。

内容は"ただただ自分の現状を素直に話しただけ"ですが,

どうやらそれが答えだったみたいです。

どうしたらいいかの答えを書物で探すより、どんどん人に話していき、そこで言われたことの方がよっぽど価値が高いことに気づきました。

 

どんな書物よりももっと効果的な方法はここにあったんですね。

 

書物ばっかり読んで自分の知識を固めてしまうくらいなら、

どんどん友人に心を開いて話して吸収していくことの方がいい気がしてきたのです。

 

 

 

結果的に…

大学内だけで見ると自分と合う人なんて少なく感じるし、もしかしたらほとんどの人と合わないのかもしれない。

現状、ただ生きている友人が多く"今"を生きてる人がほとんどで将来は"どうすっかな〜"程度にしか考えてない人もいます。

自分もそうやって生きた方がいいのかもしれない…楽だし。(笑)

て、思っての休暇でしたが、

くっっそも楽しくなかったのでまた日々向上を目指します!

実際、自分のような人が少数派な現状でも存在するのは事実だし、自分が知らないだけだったり環境に流されている人もいるかもしれません。

そんな少数派の人たちが出会える環境でも作りたいですね、^^ おやおや…。

 

生きるって大変かもしれないし、

人によって価値観考え方色々だけど、

自分はせっかくこんなに幸せな環境で生きられてるんだから、人のために自分の価値を活かせたらな、と思っています。

 

意識高い上等!!

来る者拒まず去る者AB-Yo !

誰の目線も気にしないで自分と戦い続け、楽しむ。

でも、無理はしない。

鷹の目と虫の目をうまく使って、意識高く行こう!!

 

明日もきっといい天気さー☺️